参加者へのメッセージ

参加者へのメッセージ

志方 俊之 真の文民統制とは何か
志方 俊之 しかた としゆき

帝京大学法学部教授
(元陸上自衛官陸将・北部方面総監)

 「政治力」・「経済力」・「外交力」・「軍事力」は国力の四大要素である。日本国憲法には陸海空戦力の不保持と交戦権の否認が唱えられているからか、わが国では「軍事」という言葉をなるべく使わないようにして、「安全保障」や「防衛」という言葉で代用している。注意すべきは、安全保障や防衛は「目的」であるのに反し「軍事」は手段であることである。目的のため手段を選ばずとは言わないが、国際社会が軍事力を含む四つの座標軸を使って政策を決めているときに、わが国だけが軍事という座標軸に目をつむって政策決定をすることは一種の思考停止である。

確かに、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求するのも良いし、国権の発動たる戦争と武力による威嚇または武力の行使は国際紛争を解決する手段として永久に放棄することも良い。憲法には国民の希望や理想があって当然である。他方、わが国を取り巻く戦略環境が、わが国の希望や理想と反して動いて行く場合に、それはどのような場合であり、わが国はどのような現実的対応を選択するのかも憲法に示されていなければならない。いわゆる「緊急事態条項」である。

現行憲法は日本が連合軍の軍事占領下で起草され制定されたものであるから、緊急事態への対処は連合軍が行うことになっていたため、日本国憲法には緊急事態条項は含まれていない。この問題は、日本が軍事占領を解かれて独立した後、いつか国民全体で討議し決めなければならないことであったが、約半世紀にわたって「後送り」されてきた。先回の陸海空自衛隊のイラク派遣は「特措法」という時限立法で行ったが、今回の海上自衛隊ソマリア沖派遣は、わが国は未来永劫「海洋国家」であるのだから、特措法といった「一時しのぎ」の法律ではなく、「一般法」として成立させなければならない。

果たしてわが国を取り巻く現今の戦略環境はどうであろうか。21世紀の国際社会はこれからも現実に軍事力抜きではなく軍事力も含めた四大要素、すなわち四つの座標軸上で動く。わが国が石油資源の殆どを依存している中近東地域では、イラク戦争、アフガニスタン戦争、グルジア紛争、パレスチナ紛争など「力」の行使が行われている。「不安定の弧」に沿って南に下れば、ソマリア沖では海賊が跳梁し核兵器を持つインドとパキスタンは軍事力で対立している。

東アジア地域にあっては、弾道ミサイルを保有する北朝鮮が核兵器を開発しつつありこれを保有するのは時間の問題である。中国は核兵器と弾道ミサイルの近代化だけでなく、空母を保有する遠洋海軍力を建設する一方、台湾を中距離弾道ミサイルで身動きできないようにし、不安定なチベットやウイグル自治区の分離独立運動を軍事力で抑えている。隣国の韓国とロシアはわが国の島嶼を軍事占領している。わが国の歴史を顧みると、21世紀の今ほどわが国が「力」による脅威に曝されている時代はない。

他方、わが国の経済は、多くの資源を海外に依存し、購入した原材料を数千海里の長大なシーレーンを通してわが国へ運び入れ、これに高い技術力で付加価値を加えて製品とし、再びそれを世界中の国々に輸出することで成り立っている。したがって、わが国だけが平和であっても、それは「必要条件」であって決して「十分条件」ではない。いずれの国にとっても平和は大切だが、わが国ほど世界中が平和であることに依存している国はない。したがって、「一国平和主義」ではなく、当然のこととして世界の平和のため何らかの形で国際的な「役割分担」をしなければならない。

役割分担には「負担の分担」と「リスクの分担」がある。負担には政府開発援助(ODA)などの資金・技術の提供と平和維持化活動(PKO)やボランティア活動などの汗をかく分野がある。国際社会はこの分野におけるわが国の役割分担を評価しているが、わが国のリスク分担となると評価は低い。資金提供を多くすれば、それだけリスク分担は少なくてもよい、というわけではないからである。オバマ新政権はわが国に対して負担分担だけでなく、これまで以上のリスク分担を求めて来ると見られる。

アフガニスタンへの支援が主軸となるであろうが、当面はソマリア沖の海賊対策へのわが国の積極的な取り組みが問題となろう。政府は遅ればせながら二隻の護衛艦を中核とするタスク・フォースを現地に派遣するべく海上自衛隊に準備を命じた。しかしながら、現地で最も重要となる武器使用規定を含んだ「海賊対策新法(仮称)」を現在の政局で成立させることは難しく時間を必要とすることから、当面は現行の自衛隊法にある「海上警護行動」として、見切り出航させるようである。

そもそも海上警備行動(自衛隊法第82条)とは何か、条文は「防衛大臣は、海上における人命もしくは財産の保護、または治安の維持のため、特別の必要がある場合には、内閣総理大臣の承認を得て、自衛隊の部隊に海上において必要な行動をとることを命ずることができる」となっている。この場合の武器使用については、警察官職務執行法第7条の正当防衛・緊急避難の場合に準ずることとある。これらの条文だけでは、わが国から遠く離れた公海での任務で「何ができて、何はできない」かが明確ではない。

海上警備行動は過去二回だけ発令されたことがある。第一回は、1999年3月24日、海自の哨戒機が能登半島沖の領海内で北朝鮮の工作船二隻を発見、護衛艦が停船命令や警告射撃を行い15時間も追跡したが、工作船は高速で逃走、哨戒機が工作船の前方に警告のため爆弾を投下したが停船せず逃走した。第二回は、2004年11月10日、海自の哨戒機が宮古列島周辺の領海内を潜行中の中国潜水艦を確認、護衛艦、哨戒機、ヘリコプターにより55時間にわたって追尾したが領海外へ逃走した。この際、爆雷等の武器は使用しなかった。

海上警備行動の発令ではないが、この二件とは別に、2001年12月22日、海上保安庁の巡視船が北朝鮮の工作船を追跡し、工作船が自爆した事件があった。この時は、漁業法違反(立入検査忌避)のかどで海上保安庁の巡視船と航空機が追跡、接舷しようとしたところ不審船は自動小銃やロケットランチャーで巡視船を射撃しつつ逃走、巡視船は追尾してわが国初の船体射撃を加えたところ工作船は自爆して沈没した。

「海上保安庁法」は第20条において「警職法第7条の規定により武器を使用する場合のほか、船舶の停止を繰り返し命じても乗組員等がこれに応ぜず職務執行に抵抗して逃亡しようとする場合に、合理的に必要と判断する限度において武器を使用することができる」とされている。ただし、この場合はわが国の内水または領海において外国船が「海洋法における国連条約」に違反して行動する場合に限られている。

このような状況であるから、現行法の下ではソマリア沖の現地で護衛艦にできることは限られている。警備できる対象は、日本国籍の船舶、外国国籍の船舶に乗っている日本国籍の船員、外国籍の船舶にあっては日本企業がチャーターしている便宜置籍船などの船舶(さらに事実認定が難しいが、日本企業がチャーターしていなくても日本の積荷を載せている船舶を含めるとの解釈もある)を護る場合である。どの場合でも、部下に許可できる武器使用は警職法第7条(正当防衛・緊急避難)を準用するしかない。まして護衛艦の近くで外国の船舶が海賊に襲撃される可能性が高いか、襲撃をされている場合は「海上警備行動」として許されている武器使用はできない。もし武器を使用すれば、自衛隊法違反で「なし崩しの自衛隊法拡大解釈、憲法違反の武力行使」などと政局を睨んだ国会論争のターゲットとなろう。

何もしなければ、もろに国際社会の顰蹙をかう。わが国に関係する船舶は年間延べ約2,000隻である。世界全体では年間延べ約20,000隻であるから10隻に1隻は日本に関係している船舶が同海域を航行している。日本企業がチャーターしていなくても日本の積荷を載せている船舶を含めると年間約9,200隻でなんと全体の船舶の46%が日本に関係した船舶なのである。これらの内、2008年だけでも111隻(内日本関係5隻)が海賊の被害を受けている。いま現在も日本関係船舶が外国の艦艇によって護られていることを考えれば、わが国として相応の行動をしなければならないのは当然である。

海上警備行動を国際社会の中で行うとなると、国際的に当然行われている実態と国内法としての自衛隊法の間のグレーゾーンの幅が大きいことから、現地指揮官の裁量に委ねられる部分が多い。したがって、今回のような後追いの法整備ではなく常日頃からしっかりとした法律を整備しておくことが重要なのである。

わが国は石化エネルギーの約97%、食糧の約60%、その他の鉱物資源など、年間約8億トンの資源を海外からの輸入に依存し、それに高度な付加価値をつけて約1億トンの製品とし、再度これを全世界の国々に輸出して生き活かされている。これは世界全体の海運量の約15%であり、中東地域からインド洋、マラッカ海峡から南沙群島、バシー海峡から琉球列島東方海域に沿ったシーレーンを生命線としており、このシーレーンが自由かつ安全に航行できることが、わが国が生存する前提となっている。

このシーレーンを一国の海軍で護ることは不可能で国際社会の相互理解と協力・協働が不可欠なのである。そのシーレーンを168カ国が加盟している国際海事機関(IMO)の決議にもとづいて各国の海軍(欧州連合の艦隊、米英有志連合の艦隊、単独派遣国の艦隊など出入りはあるが約20カ国)が協働して護っている中で、わが国から派遣された二隻の護衛艦だけが、日本人の生命と財産しか護れないというのでは話にならない。集団的自衛権は「保有」しているが、その「行使」は憲法に抵触するとの懸念があると、わが国の解釈でその理由を説明しても、国際社会では通用しない。まさか護衛艦の船腹に「No, We can not」と大書する訳にもいかないだろう。現場が迷わないよう、明確な行動基準を示した法律を整備して海上自衛隊を派遣することが、真の「文民統制」なのである。(了)

志方 俊之
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